管理人プロフィール


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当ブログにお越し頂きありがとうございます。

管理人のベストデイズです。

ハンドルネームらしくない名前ですがよろしくお願いします。

毎日がベストな1日という意味でベストデイズという名前にしてみました。

最近ブログへのアクセスも増えてきたので改めましてプロフィールページを作ってみました。

簡単な自己紹介ですがネットショップ歴10年になります。

ネットで一番最初に売れたものはヤフオクに出品した海外テレビドラマのDVDでした。

中古のDVDなんて出品したところで売れるのか疑問でしたがいざ出品するとすぐに入札が入りびっくりしたのを覚えています。

一時期すごい流行った海外ドラマでしたが、流行が終わってしばらくたっていたのでヤフオクに出品したところで売れないと思っていたのですよね。

ヤフオクを使うのは初めてで家にある不用品を売買するサイトというイメージでなんだか貧乏くさく思っていました。

ただ、あっという間に売れてしまったのでかなり印象が変わって、他にもどんどん家にあるいらない洋服などを出品してみました。

最初のDVDほどではなかったですが、意外にも売れるという事が分かってきて色々と出品していくうちに、今では中国輸入商品を扱っています。

独自ドメインのネットショップはベースとカラーミーショップを利用しています。その他アマゾン、ヤフーショッピングのモールを利用し、ヤフオク、メルカリなど多数のプラットフォームで商品を出品しております。

商品は実際に中国やタイのバンコクまで行き自分で商品を仕入れています。すべて一人で行っているので商品購入後に、写真の撮影をして画像の編集をして出品作業に入ります。当ブログではネット販売初心者の方向けに仕入から出品までのノウハウを提供できたらと思っております。

プロフィール

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年齢はアラフォーです。

学歴は3流私大卒で、大学生の頃から海外旅行が好きです。

今までにいった海外は中国、タイ、マレーシア、インド、フィリピン、ベトナム、エジプト、香港、マカオ、アメリカ、メキシコ、キューバ、カンボジア、ラオス、ミャンマーなどです。

新卒で働いた会社では海外営業のはずが・・・

新卒で働いた会社は、東京都内にある配管付属品や電機製品を作るメーカーで海外営業を募集しているとのことで入社しました。

社員は100人くらいのそれほど大きくない会社でしたが僕の実力だと大企業で海外営業をするような仕事の内定を取るのは無理だったので、小さい会社でもやりたいことをするほうがいいかと思ったのですよね。

面接のときに、海外営業の話を聞くと東南アジアのジャングルを超えて営業に行くような話をしていたのでものすごく期待していたのですが、いざ入社してみると海外営業は売上の数パーセントでほとんどが国内の売上に頼っている会社でした。

将来的には海外展開したいという話でしたが、僕は国内営業のほうにまわされてしまいがっかりです。まぁ英語もろくに話せないのでしょうがないのですが。。

そうはいっても入社したからには頑張って働きましたが、3年ほどでなんか違うなと思い退社しました。やっぱり何か海外とつながりのある事がしたかったんですよね。

会社自体はアットホームな社風で、寮生活だったこともあり居心地もよく毎日のように先輩と飲みに行っていたので楽しかったといえば楽しかったのですが、まぁしょうがないですね。

その後海外と接点のある仕事を探していましたが、いかんせん僕のスキルだと仕事もなく、それなら海外にいっちゃえばいいじゃんと思い、タイで働くことになりました。

今タイの商品を仕入れていますがその時にタイに行ったのが役に立っています。その時には何も考えていなくても後から役にたつものですね。

初めての海外生活は3か月で6キロ痩せました

海外で働くといってもそれまでは旅行でしか海外には行った事がなかったので、まずはどこの国にするか迷ったのですが、香港に香港人の友達が何人かいたので香港や東南アジアも視野に入れていました。

海外で働く仕事を探すのは初めてのことです。ネットで求人情報をさがし、海外の求人は多くないなか、香港で旅行会社のオペレーター業務の募集がありました。

アジアや東南アジアで旅行会社でガイドを手配したり、ツアーの企画をたてる仕事で楽しそうです。

面接地は銀座です。都内に住んでいたので銀座はすぐに行けることもあり、すぐにエントリーしてみました。現地採用での求人です。

現地採用と駐在という違いもわかっていませんでしたが、若かったのでそんな事はどうでもよくてとりあえずとにかく海外で働くという事を最優先にしていました。

面接官は社長と事務の女性の人で、英語のチェックもあったのですが、僕の英会話だと香港は難しいのでタイでなら仕事があるという話でした。

タイには旅行で2回ほど行ったこともあり、とても好きな国です。是非やらせてくださいとお願いして内定をもらうことができました。

タイのオフィスは、前の人が辞めたので、すぐに来てほしいとのことだったので、次の週にはタイに飛んでいました。

今までの旅行とは違い現地に住むのでスーツケースもパンパンです。タイ語の勉強はしたことがなかったので、参考書も何冊かもっていくとやけにスーツケースがおもくなります。

バンコクに到着して、一泊目は会社が用意してくれたホテルに宿泊しました。

二日目にバンコクオフィスのマネージャーが迎えにきてくれて、一緒にランチを食べましたが、日本にいた社長とは違い、角刈りのちょっと怖そうな人です。

ランチの後マネージャーとは別れマネージャーの奥さんが買い物に付き合ってくれて、サービスアパートメントまで連れていってくれました。

以前旅行した時にはバンコクのカオサンロードに泊まっていたので、日本人や西洋人も多くどこか楽しい雰囲気がありましたが、今回住むサービスアパートメントはタイのローカルといった感じで若干さびしい印象です。

遊びではなく働きにきたんだなと浮かれた気分から若干気が引き締まってきました。

サービスアパートメントにつくと向かいの部屋にもう一人新人の同期がいてすぐに仲良くなり幸先のいいスタートです。

海外だと日本人同士はすぐに仲良くなっちゃいますね。お互いにどこか不安な気持ちがあったりと打ち解けるのも早いような気がします。

彼の話を聞いているとかなりこきを使われそうな職場というのが感じられます。若干嫌な予感もしましたが、海外で仕事をするという目標が実現したのでまぁ大丈夫だろうなと楽観的でした。

翌朝はサービスアパートントのロビーに集合です。角刈りのマネージャーと、サブマネージャー、友達になった同期、僕と4人で会社に向かいました。

南国のタイなのに全員長袖のスーツをきています。そして、アパートの前にタクシーが止まっていたのに、大通りまででてタクシーを捕まえています。

どうして大通りまできてタクシーを捕まえるのか聞いてみると、ぼられないためと言っていました。

なんとなく日本人だけで固まっていて、閉鎖的な印象を受けました。

職場は日本人4人とタイ人4人の8人体制で、契約しているガイドは20人くらいでした。

JTBなどの大手のパックツアーで来た旅行者を現地でケアするオペレーターの仕事で一応日曜日は休みということでしたが、携帯電話を持たされて夜中でも電話がかかってきます。

日曜日もガイドにツアーの状況を電話で聞かないとで、実質休みなしの仕事で平日も朝9時からアパートに帰るのは夜遅くといった感じでした。

日本人のマネージャーとサブマネージャーはタイ人スタッフとは距離を置いている感じで僕と同期にはいきなり呼び捨てで体育会系のノリで接してきます。

今でいうブラックです。ただ、やる気だけはあったので休みがないことはあまり気にならず、まぁまぁ楽しんで仕事をしていました。

3ヵ月後には体重が6キロも落ちていたので、今考えるとハードな仕事だったような気もします。

そんな感じでタイでの生活をスタートして6か月後には転職をすることになります。

次に働いた会社はバンコクでベルギービールを輸入する会社でした

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バンコクの旅行会社で働いていた時、休みの日にシーロム通りで行われているフリーマーケットで日本製のプラモデルを路上で売ることになりました。

旅行会社で働いていたサブマネージャーからもらったもので自分では作りそうになかったので、せっかくなのでフリマで売ってみることにしました。

日本製のプラモデルはタイ人に人気だったようで通りを歩いているタイ人に声をかけると案外興味を持ってもらえます。

いくつか売ったあとに、西洋人のおじさんが声をかけてきました。プラモデルに興味があると思いきや

I like you.

と言ってきました。一瞬びっくりしましたが、タイにはゲイが多いので適当にはぐらかすと笑って行ってしまいましが、少ししたら又戻ってきました。

君の売り込みが素晴らしいから興味を持ったんだ。
ベルギーからビールの輸入をしているのだが、日本人向けに販売してもらえないだろうか

最初は助平なゲイという印象しかなかったのですが、よく見ると白髪交じりで50歳くらいのまともなジビネスマンにも見えます。

名刺をもらってその場では別れたのですが、海外に来て色々なことに挑戦したかったので、週末に電話をして会うことになりました。

会って話を聞いてみると、会社は立ち上げたばかりで社員も数人とのことです。給料も旅行会社と同じだけ払ってくれるといいます。

倉庫でビールの試飲もできるようにカフェのような作りになっているので是非遊びにきてほしいとのことでした。

後日倉庫に遊びに行ったりしているうちに仲良くなり旅行会社は辞めて働くことになりました。

旅行会社の仕事もよかったのですが、せっかくタイまで来たのに典型的な日本の会社で、お客さんは日本人の添乗員や旅行者であまりタイにいる感じがしなかったのですよね。

なのでベルギー人の会社は日本人が一人もいない環境でより魅力的でした。

お客さんは日本人というのは変わらないですが、オフィスでは日本語を使うこともなく英語かタイ語になります。まさに海外で働くといった感じです。

旅行会社の上司にはひきとめられましたが、引き継ぎもしっかりとおこない円満に退社しました。

現地採用は福利厚生は殆どないしバイトみたいなものです。どんどん色々なことに挑戦していったほうがいいですね。

ベルギー人の会社では、ベルギー人2人、オランダ人1人、タイ人が10人くらい、そして日本人の僕というグローバルな環境でした。男性は殆どゲイの人でしたがみんな優しいです。

職場では日本語を使わないで英語で話すというのがやけに楽しかったです。英語はたいして話せなかったですが頑張って話すと伝わるものですね。

毎日英会話スクールに行っている感じでした。肝心の仕事のほうは、日本食レストランやバーへの営業です。

日本人は僕一人だったので自由にやらせてもらい飛び込み営業から初めて、お客さんに他のお客さんを紹介してもらうという感じでそこそこ売ることもできました。

タイに限らず海外では日本人というだけでよくしてもらえるので、思っていたより営業も楽だったです。僕の営業力というよりは日本人の優しさによるところが大きいですね。

そんな感じで楽しい仕事に巡り合えたなと思っていたのですが、会社として資金繰りがうまくいかなくなったようで給料の未払いが増えてきてしまいやめることにしました。

タイで無職になったわけですが、そのままタイで働くか日本へ帰るかの選択肢でした。

海外に行きたくて、タイにきたわけですが、タイにいるとそれが国内になりタイ以外の国にも行きたくなってきたので、いったん日本に帰る事にして他の国で働けないか仕事を探してみることにしました。

次に働いた会社は携帯電話の評価をする会社です

国内の携帯電話の評価をする仕事ですが、海外向けの携帯で実際に現地で仕事する内容でした。

イギリス、イタリア、香港といったりきたりの生活が始まりました。

中でもイギリスが長く滞在して半年はイギリスで仕事をしました。

タイで働いていたので海外で働く事には慣れているつもりでしたが、イギリスでの英語はやけに早くて何を言っているのかさっぱりわからないこともあり、滞在中にはできるだけ英語を話すようにしていました。

イギリス人の友達もできたり、ホテルのオーナーと仲良くなったりこのころが一番英会話のレベルが高かったです。

やはり実際に現地で沢山話すと英会話は上達しますね。

イタリアもいい思い出が多いです。ロンドンからローマまでは飛行機であっという間です。

仕事場所はローマにある携帯電話のキャリアです。開発中の3Gの携帯電話の現地での評価の仕事で現地の電波を使い通信がちゃんとできるのかをテストします。

メールが送れるかだったり、ブラウザがきちんと表示されるかだったりを確認します。

イギリスでは簡単な通訳のようなこともしていましたが、イタリアでは日本人が多く8人くらいいて実際に現地のイタリア人と一緒にするわけではなく個室で仕事をしていたのでイギリスに比べるとそこまで英語を使うということもなかったです。

携帯電話の地味な試験をもくもくとこなし、週末になるとローマを観光するという滞在でトータル3ヵ月くらいローマにいました。

イタリアは料理は何を食べてもおいしいし、観光名所はたくさんあるので又行きたい国の一つです。

香港では日本人が50人くらいはいたので、日本人との間で仕事が完結してしまうこともあり、イギリスやイタリアと比べると英語を使う頻度が減ってしまい、日本にいるのと変わらない感じでしたが海外で働くという意味では香港は治安もいいし、そこまで広くない都市なので交通の便もよく滞在しやすかったです。

イギリスやイタリアのようなヨーロッパの国とは違い、香港は東京に近い感覚で滞在できます。

料理もおいしく仕事が終わったあとは同僚とよく飲みにいっていました。香港は滞在するにはとても過ごしやすい場所で気に入りました。

そういった海外での経験を生かして何か自分で商売ができないかと思うようになり、オンライン英会話スクールを立ち上げることになりました。

続きは こちらになります。